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その足元にまでも

※この朗読詩は「あなたの忘れたいけれど忘れたくない人生の出来事を教えてください」という募集に応募してくださったエピソードを元に別の話へ組み替えました。すべてが真実ではないけれど、確かに誰かの人生です。人生の出来事を預からせてくださった方々へ心から感謝いたします。

 
わたしの前にだけいつも道はないと思ってきた
わたしの後ろにだけいつも道はないと思ってきた
 
あなたはわたしの片割れだから
と、言ったあなたがいなくなった
じゃあ、片割れのままになってしまったわたしは
これからどうやって生きていけばいい
 
メンタルクリニックのヒーリングミュージック
球体のアロマ加湿器から出てくるラベンダーの水蒸気
コポコポと波打つ水
番号で呼ばれる待合室で
熱帯魚の映像がひたすらに流れ続けるテレビを眺めていた記憶
なくしてしまったから叶わないなんて
過ぎてしまったことはもう叶わないなんて
こんな現実は最高に卑怯だ
わたしは絶対に叶えるからな
わたしたちは絶対に叶えるからな
これは、約束だ
 
わたしたちは、生きて、叶えよう
 
「今から話すものがたりは、
 すべてこの世界に生きている人の話です
 それはあなたかもしれないしわたしかもしれない
 すべてのことは誰かかもしれないし自分かもしれない
 今から話すものがたりは、
 あなたとわたしのことです」
 
同じ病院にいたあの人のことをぼくは死ぬまで忘れないだろう
仕方ねえなあとお互いのことを笑っていたのに、
仕方ねぇなあと笑う役はぼくばかりになった
そしてだんだん笑えなくなって仕方ないじゃ済まなくなった
お酒をやめたいんだと言ったあなたの言葉は信じるから大丈夫だよ
生きたいんだと言ったぼくたちの言葉も信じるから大丈夫だよ
嘘じゃなかった時間のことを、
あなたが最後に作ってくれたカレーのにんじんの大きさのことを、
ぼくたちがもう一緒に過ごせない時間を生きて行く覚悟を、
ぼくは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
家族が突然、終了をした日
「なに泣いてるんだ」と笑っていたあなたの言葉
寂しさのごまかしにも見えなくはなかったけれど
切り裂かれるように痛んだわたしの心臓も、止まらなくなった涙も
一瞬にして無価値の判断を下された気持ちになった
人の顔色で変えてしまう自分の気持ちを、
心臓の代わりに切り裂いていく腕の痛みを、
わたしは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
進みたい道があった、読みたい本があった
見たいテレビがあった、行きたいライブがあった
だけどぼくがやることをぼく自身が決めてはいけなかった
いつも支配し続け、いつも奪い続け、いつも監視し続けられた
愛そうとした愛されようとした愛そうとした頑張った
家族から離れたときに初めて手にしたぼくの選択肢
読みたかった本のページをめくる音を、
あのとき家族に言いたかった本音を、
ぼくは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
卒業に必要な日数を耐えて耐えて耐えて耐えて、
処方薬でごまかして通う予備校で開くノートに
何度、もう無理だと書き殴ろうと思ったことか
自分への価値が欲しくてすがった勉強を諦めたとき
あなたになんて分からないとすべての人を切り捨てた
それでも悲しそうにわたしを抱きしめたあなたが言った
「今は泣きなさい」という言葉の意味を、
見失ってしまったわたしの未来を、
わたしは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
ぼくを殺すあなたを殺さなかったのは、
自分の夢を掴むためだったのに
同じ家で眠るあなたを殺さなかったのは、
自分の夢を守るためだったのに
ぼくが殺したぼくと一緒に消えてしまった夢を
自分自身であることの実感を、
生きているのかわからないこの気持ちを、
ぼくは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
ねえ、
忘れてあげようか
信じようとして信じた気になって
愛そうとしたら全部消えたあなたのことを
わたしとあなたの通じ合わない会話のことを
出会いたくなかったのに過去になりかけたままとどまっている想いを
駅の改札で離せなかった手のことを
こうして必死に忘れ続けたわたしの時間たちを
わたしは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
ぼくが毎日机に顔を伏せていたのは
どういう表情でクラスメイトと話せばいいのかわからなかったから
挙動不審なぼくに声をかけてきたあなたは
もしかして「こんな自分をどうにかしたい」という
同じ気持ちを秘めていたのかな
こうして連れ出している形見の写真を、
あなたの後ろに見えた夕暮れのオレンジを、
悲しすぎて今はまだ思い出せないあのオレンジを、
ぼくは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
突然、わたしと口をきく人が誰もいなくなった日から
無色透明になっていく自分をひとごとのように見ていた
こうなってしまう前のわたしを知っているあなたが
「あいつ本当はおもしろいんだぜ」って軽い口調で笑ってくれた
急に消されてしまった居場所を、
笑顔で人と話ができていたあのころを、
確かに自分が存在していた証を、
わたしは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
バスから降りて、並ぶ傘の列
あいつキモいと言われているのが本当か妄想かわからない
もう無理だと確実に思った瞬間のことを、
そこに置き去りにしてきた16歳の自分のことを、
あの瞬間に消えた自分の未来のことを、
わたしたちは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
罵倒されることが怖いから家に入れなくて
玄関の階段に座っていたこと
フェードアウトした父親からの誕生日プレゼントが
ポストの前にそっと置かれていたこと
ああ、鍵すら持っていないんだ、と愕然としたこと
さみしくて死にたくてさみしくて消えたくて
それでもやっぱり愛されたかったこと
あのときに決めた「誰にも期待しない」
あのときに誓った「誰も信じない」
あのときに手に入れた「誰も愛さない」
 
大切なものは目には見えないとしたら
この人生の空白はどうしたらいい
全部許したいし、何も許したくない。
自分のことだって同じだ
全部許したいし、何も、何ひとつ許したくない
何も許したくないし、
もう全部、
もう全部許してあげたい
もう全部許したいし
でも全部許せないし
もう全部許してあげたいし
でも、もう、
でも、もう。
 
正しい近道ができないわたしたちは
あなたと一緒に取り戻せるだろうか
わたしは、あなたと一緒に取り戻せるだろうか
失くし続けたわたし自身を
あなたと一緒に取り戻せるだろうか
押しつぶし続けたあなたの心は
わたしたちと一緒に取り戻せるだろうか
一緒に取り戻せるだろうか
あなたと一緒に取り戻せるだろうか
 
声を上げて泣きながら歩いた西成の商店街
人は何かをしてもらうだけじゃ生きられない
他人に何かできる瞬間がないと
孤独で死にたくなる
必要とされないと頑張れないから
自分にできることすら奪われたら頑張れないから
 
日常にかかっている魔法は
終わりの瞬間しか美しくしてくれない
日常にかかっているずるい魔法は
最後の瞬間だけを美しくして残していく
だけど今日は
だけど今日が、いまここにいる今日が
その足元にまで続いてきた今日までのことは
嘘じゃない、真実だ
今日は
嘘じゃない、真実だ
あなたがそこにいる今日は嘘じゃない、真実だ
あなたがそこにいる今日は嘘じゃない、真実だ
 
振り返ればいくつもの自分の足跡があって
今こうして立っている場所まで
今そうして座っているあなたの場所まで
ずっと続いているのだ
ずっとずっと続いてきたのだ
何度も何度も、もう無理だと思ったときも
こんどこそ無理だと思ったときも
ずっと、ちゃんと、続いてきたんだ
 
だから、
なくしてしまったから叶わないなんて
過ぎてしまったことはもう叶わないなんて
こんな現実は最高に卑怯だ
わたしは絶対に叶えるからな
わたしたちは絶対に叶えるからな
これは、約束だ
わたしたちは絶対に叶えるからな
あの時に泣いたあなたは今もちゃんと生きているし
あの時に死のうとしたあなたは今もちゃんと生きているし
わたしたちは生きて叶えるからな
あなたが生きて叶えるんだからな
 
忘れたくなった自分の人生は、
今ここで同じ引き出しに入れておこう
同じ記憶として共有しよう
何度消そうとしても消えないのなら
こうして同じ記憶として
一緒に聞こう
 
これは約束だ
 
わたしたちは
希望と絶望を
これから
何度でも繰り返そうね
 

  

 
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