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されど、望もう

 
今日の気温は31度です、と 
ニュースが言ってたから感じる暑さは 
意識しないと消え失せそうな皮膚感覚 
 
雨に降られたくないから確認するテレビを消す瞬間に流れる 
日本中が知っている殺人事件 
寝る前に検索をかけては 
まとめサイトや関連するひとの証言を聞き、 
自分勝手に投影し続ける 
ときには被害者へ 
そして、ときには加害者へ 
 
「こんな事件を起こすような子じゃなかったのに」 
と泣き叫ぶおばあちゃんのインタビューを聞きながら 
「こんな事件を起こさない道もあったのに」 
なんて思ってから、知ったつもりになるなよな、と自分に思う 
 
今ではない、過去のことを知っただけなのに、 
まるでその人の何もかもを知ったつもりになってしまう恐怖 
卒業アルバムを見ても本当にわかるのは面影だけだ 
それ以外はなにもない 
 
わたしのパソコンの検索履歴を毎夜こうして消すたびに 
この現実ごと全消え失せればいいのに 
そうしたらわたしが毎日毎日毎日毎日 
こんな事実を全てなにもかも消してやる思いながら抹消する履歴 
 
消去します 
ただしパソコンの中でだけ 
消去しました 
ただしわたしのパソコンの中でだけ 
現実は消えてなくなったりしない さっきと同じ自分がここにいるだけ 
あのインタビューで泣いていたおばあちゃんが生きている世界で 
さっきと同じ自分がこうして生きているだけ 
 
生きてきた道よ 
振り返りたくないから消えてくれよ 
振り返りたくないから消えてくれよ 
振り返りたくないから、 
消えてくれ 
 
◼︎ ◼︎ ◼︎ 
 
自分が自分の代替えのような違和感がもっと遠ざかって、 
たとえば誰かの代替えをしていた自分の代替えをしているような違和感 
わたしの役をやっているわたしの気持ちなんて書いてもつまらんから 
ここぞという時には話す気がなくなってしまう法則 
 
地面に立っている感覚も遠ざかっていく虚しさが 
足跡の通りにこぼれ落ちていくから 
電信柱に沿って立ち止まった 
みんなもうポケモンGOしたままどこか遠くに行ってしまえ 
踏み潰した形のまま転がっている缶ビールを睨みつけてから 
自分の足をはめてみる 
誰かが確かに踏んだこの足跡に わたしの足もうまくハマったから 
少し泣いた 
 
もしこのまま右足を前に出さなれば 
こうして両足をそろえて突っ立ったまま 
どこにも進めない事実に驚く 
 
いつも通るタイ料理屋さんの看板の緑色 
赤い屋根のスナックから聞こえる男性の声のテレサ・テン 
見上げる総武線の灯りと 
その車内に一瞬だけ見えた薄いピンクのスーツを着た女性 
 
あなたにならせてほしい 
あるいは誰かでもいいんだけど 
もういっそ、誰かにならせてほしい 
勝手に作り上げた役なら得意だからちょうだい 
望まれてることを見破るのは簡単だからちょうだい 
望んでいることなんて分かってもくだらんし 
 
だから空いてる誰かの役をわたしにください 
その役、空いているならわたしにください 
あなたが空いているならわたしにください 
なんていう安い自己嫌悪をすれば 簡単に薄まる罪悪感くだらねえな 
 
生きてきた道よ 
殴り壊してもう先に伸ばせない 
殴り壊してもう先に伸ばせない 
殴り壊したから、 
もう先に伸ばせないよ 
 
◼︎ ◼︎ ◼︎ 
 
自分の皮膚に膜があって 世界と触れあえないでいた 
自分の髪に膜があって 誰とも触れあえないでいた 
自分の視界に膜があって ひかりと触れあえないでいた 
 
だから世界中と何もかもが同じになりたかったけど 
真似をしてコピーになりかけたあと少しのところで 
またぶち壊してしまう 
ああまたやったな、と、また死にたくなるから笑える 
 
坂道の途中にある自動販売機に照らされて歩いている男性 
お母さんと手を繋いで歩く女の子が背負っていたトイ・ストーリーのリュック 
100円ローソンでシュークリームを並べるパンチパーマの店員さん 
 
わたしがそのシュークリームを手にとろうとしたら 
パンチパーマの店員さんは並べかけたシュークリームを 
わたしの手のひらにひとつ乗せた 
 
生きてきた道よ 
誰かが生きてきた道よ 
他人がなぞることはできない 
それぞれのあなたが生きてきた道よ 
パンチパーマの店員さんが生きてきた道よ 
わたしの生きてきた道よ 
冷えたシュークリームが乗った手のひら 
なぞることはできなくても 
知っていて 
知っていてほしい 
踏み入れる瞬間があるということ 
 
◼︎ ◼︎ ◼︎ 
 
看板の緑色のタイ料理屋さんから出てきた会社帰り風のグループ 
赤い屋根のスナックでテレサ・テンを歌っていたベージュのポロシャツを着たおっちゃん 
一瞬だけ見えた薄いピンクのスーツを着た女性が顔の前に広げていた文庫本のようなもの 
100円ローソンで、わたしの手のひらに乗ったシュークリーム 
 
「唯一無二」だとか 
「独自の世界観」だとか 
そういうダサいのほんと、いらないし 
だって、そうじゃない人がいるのかよ 
全員別の人なんだよ 
あなたもわたしも 
みんなみんなみんなみんな何もかも別の人なんだよ 
 
生きてきた道を叩き壊そうとしたあなたと 
断ち切ろうとしてできなかったあなたと 
何も興味ないふりしてたあなたと 
あなたという言葉で逃げているわたしと 
なんにも愛せないふりなんてかわいいね 
ヒール役だと思わせるなんてかわいいよね 
 
だって例えば 
一瞬で崩れ去るこの自信とか 
一瞬で崩れ去るこの自分とか 
どこまでも脆くて補強しても立て直せない人生とか 
どこまでも脆くて補強しても立て直せないこの人生とか 
 
だから生きてきた道よ 
なくならないで いなくならないでね 
なくならないで いなくならないでね 
なくならないで、 
いなくならないでね 
 
◼︎ ◼︎ ◼︎ 
 
あなたが必死にやってきたことを 
必死につなぎとめた今日までの道を、それでぶっ潰していいのか? 
こんなに必死につないできたここに来る道を、ぶっ潰していいのか? 
あれ、でも、 
そもそもこんなことで潰れるのか 
あったものは、簡単になくなってしまうのか 
わたしが積み上げたものをわたしがぶっ潰していいのか? 
誰かが積み上げたものをすべて崩しても、笑えるのか? 
ねえ、どう思う? 
 
うまいことやる方法は分かっていても 
嘘がどうしてもできない 
どうしても絶対 
どうしても絶対にできない 
だから死んでもいいなんて言えない 
だから殺してもいいなんて言えない 
どうしても絶対 
どうしてもできるだけ 
死ぬか殺すか以外にもうひとつ 
新しい選択肢をわたしたちでつくろう 
 
死ぬか殺すか以外のもうひとつ 
新しい選択肢を、あなたは選ぶ 
 
何度もまた死にたくなろうとも 
されど、新しい選択肢を作り続ける 
死にたくなろうとも 
されど、望もう 
死にたくなろうとも 
されど、わたしたちは望めるはずだ 
また死にたくなろうとも 
されど、望もう 
死にたくなろうとも 
何度また死にたくなろうとも 
されど、望もう 
明日また死にたくなろうとも 
されど、望もう 
わたしたちは、されど、望もう 
 
だから 
生きてきた道よ 
なくならないで、いなくならないでね 
 
だから生きてきた道よ! 
生きてきた道よ!! 
なくならないで!いなくならないで! 
なくならないで!いなくならないで! 
生きてきた道よ!なくならないで! 
生きてきた道よ!いなくならないで! 
 
なくならないで、 
いなくならないでね。 
 
 
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