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最後の光

 
いつも遠く離れた場所に見える、すごくまぶしい光。
 
あれはなんだろう。
でもいつも見えるんだよ。
まっすぐなライトみたいに一本の強烈な光が。
 
 
物心ついたときには家の中に当たり前のようにあった暴力。
祖父からテレビのリモコンで頭をなぐられ階段から突き落とされた。
「お前は家族の再会なんだ」
口の中に広がる鉄の味。
母親は、悔し泣きをするわたしの肩を抱き言いました。
「どんなにつらくても絶対に殺しちゃだめだからね、
自分の人生を無駄にしちゃだめだからね」
 
 
悲しいことに、わたしが母親から一番はじめに教わったことは
ありがとうを言おうねとか、いただきますはちゃんと言おうねとかじゃなくて
祖父を殺すな、ということでした。
 
 
そんな祖父から逃げるようにして父親は家族を捨てました。
取り残されたわたしは憎しみの気持ちを抑えきれずに左腕を切り刻みました。
カッターの刃がゴリッと骨をなぞったときに、
そこから憎しみと愛情がふきだしていくようでした。
 
 
水族館や遊園地で売っている体に悪そうな油の味がするポテトは憧れでした。
100円と少しで買えるそれは、
幸せな家族の象徴のようで、
わたしには手に入らないものでした。
 
 
ある日、病院でパニック発作を起こしたわたしはぼろぼろと涙を流して
処置室につれていこうとする看護婦さんともめていました。
「家に帰る。大丈夫です、家に帰ります、大丈夫です!わたしは大丈夫です!」
 
 
処置室のとなりは小児科の待合室で、
泣き続けるわたしを子供が不思議そうに眺めていました。
そしてその子のお母さんが
「見ちゃいけないよ」という風にその子の顔を手で覆いました。
わたしは自分がなんて醜いのだろうと思いました。
 
 
寝かされた処置室のベットは
薄い黄色のカーテンで仕切られていました。
たった一枚のカーテンで仕切られた内側と外側は
とても、とても遠く感じられました。
 
 
わたしの人生はもうだめだなと思ったときに、見たんだ。
あたまの奥に一本の光があることに。
気づけば自分の後ろには長い道があることに。
そこには、わたしの足跡がちゃんと残っていました。
 
 
そういえば、わたしを残して消えた父親自身も、
幼いころに母親から置き去りにされた子どもでした。
 
 
ねえお父さん!!!
どこでどんな場所で暮らしているんですか!
わたしはね、まだ時々思うよ。
自分が子どものつもりになってしまうんです。
夜遅い帰り道は迎えに来てくれるんじゃないかって
休みの日には家族そろってデパートへ連れていってくれるんじゃないかって
ねえ、お父さん。
あなたも人間だったんですね。
祖父やあなたはわたしにとってただ憎しみの対象でした。
でも、ねえ、お父さん!!
あなたも人間だったなんて!!!!
あなたもわたしと同じように傷つく人間だったなんて!!!!
わたしと同じように家族の言葉に傷つき、
わたしと同じように家族の在り方について悩み、
わたしと同じように憎しみと愛情のはざまで苦しみ、
わたしと同じようにただ幸せになりたいと願う、
あなたは、人間だったんですね。
 
 
本当は気づいてた。
わたしの心にある「死にたい」と「殺したい」は
いつも「愛して欲しい」と同じだけの重みがしてたんだ。
 
 
だから今やめてどうするの?
生き抜いてきた今をどうするの?
どうにか守ってきた自分をどうするの?
あなたの足跡がついた道をどうするの?
耐え抜いてきた強さをどうするの?
生き抜いてきた今を、
あなたが守って来たあなたのことを
どうするの?
 
 
教室のイスでじっとこらえた時間もあなたは生きてた
あの処置室で点滴が落ちるのを見ながらわたしは生きてた
あなたは生きてた
わたしは生きてた
わたしはいま、
あなたはいま
生きてる
 
 
いつも遠く離れた場所に見えるすごく眩しい光。
強烈な一本の光。
わたしは、それを人の想いだと思うことにしました。
 
 
何度も何度も繰り返し、めぐってきた命のバトンだと思うことにしました。
とても憎い家族が残してくれたのは
暴力の記憶ともうひとつ、
10のうちの1にも満たないかもしれない、
でもきっとあっただろうもの。
それがわたしの名前。
そしてあなたの中にも必ずあるもの。
 
 
それを、こう呼ぶんだ。
 
 
愛と。
 
 
葛藤のはざまに隠れているのは愛で
だから時々立ち止まるんだ
 
 
暗闇に慣れたその目でこれからも
あなたはきっと生きていけるよ
 
 
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